「天使の眼、野獣の街」は大傑作だと思います(ネタバレ)

シネマライズ渋谷でヤウ・ナイホイ監督の「天使の眼、野獣の街」を観る。
製作はジョニー・トー、彼が製作に携わった「ロンゲスト・ナイト(主演:トニー・レオン)」
を観た時に感じた充実感を本作にも感じる。大傑作です。


刑事情報課の監視班に配属された女性刑事(ケイト・ツィ)が先輩刑事(お馴染みのサイモン・ヤム)
に見守られながら成長していく物語。
彼らが追う事件はレオン・カーフェイをリーダーとする宝石強盗団。
監視班は直接犯人逮捕には手を染めず、その前段、容疑者とおぼしき人物を徹底的にマークし、
事件との関与を炙り出すのが仕事。故に彼らは日々、容疑者を追って夜の街を闊歩する。


ここで唐突だが、70〜80年代前半のアメリカの犯罪映画にナゼ傑作・秀作が多いのか考えてみる。
当時のアメリカの治安の悪さを反映した、暗く薄汚れた街並みがこの種の映画には最高の風景を提供
していたからではないか。そこらじゅうで暴力が噴出しているようなイメージ。
そのものズバリ「アパッチ砦ブロンクス」なんて作品もあったし。


転じて、現在の香港。テクノロジーの進歩により表向きは高層ビルが立ち並ぶ大都市の様相を
呈しているが、裏通りは依然、未整理のままの暗く薄汚れ雑然とした風景。
これは、正に70年代のアメリカハード・ボイルド映画の風景を連想させ、つまり今、香港は犯罪映画
を撮るのに世界最高のロケーションであるといえる。(事実、秀作多数)


そんな、再開発もままならないダークシティを、この映画の登場人物は夜な夜な歩き廻る。
「監視」を生業とする主人公故、本作の8割は夜歩くシーン。
いつどこで事件が起こってもおかしくないようなヤバイ雰囲気が映画的興奮を最高に盛り上げる。


今日も宝石強盗団の容疑者のひとり(ラム・シューまたも好演!)を追跡中、別の傷害事件を目撃する。
追跡が最重要任務とその場をやり過ごす主人公一団。
しかし、この傷害事件がのちに別の大事件に発展する…この脚本の巧さ!


その後、監視班は黒幕カーフェイに辿り着くのだが、彼もまた、直接犯罪には手を染めず、
俯瞰でその状況を判断し指図する「天空の眼(この作品の原題「EYE IN THE SKY」)の持ち主、
追跡をかわし、モノスゴイ手法で制服警官を殺す。その乾いたタッチのバイオレンスも見事だが、
救えなかった新米主人公が意気消沈し、一回の挫折で刑事やめます的な弱音を吐くのが今っぽい。
香港よおまえもか。


ダメ作品だと、ここで「バカヤロー!!」とか言って新米をブン殴りゲキをとばすものだが、
イマドキの若者には、それは逆効果というもの。直属の上司サイモン・ヤムはやさしく窘める。
このへんとてもリアル。というかここで描かれる刑事情報課の職員は皆、常識的であたたかい人達。
デカ長の女性(マギー・シュウ)も、落ち込む新米に適切な助言を与える。
こういう職場じゃないと日々のハードな業務は報われないというもので、その辺、描写が秀逸。


故に、クライマックス、追い詰めたかにみえたカーフェイに逆襲され、深い傷をおったサイモン・ヤムが
助かったあかつきには、魅力的な人間像に感情移入している観客までもがデカ仲間同様に拍手喝采
なるわけです。


このクライマックスは本当に見事で、カーフェイを追う主人公は、信頼していた上司を失うかもしれない
という状況にあって捜査に集中できない。
更に、そんな主人公の悲しみを反映したかの如く烈しい雨が視界をも不良にする。絶望的な状況。
と、カメラはどんどん高い位置に上っていき、「天空の眼」は「神の視点」になった瞬間、
突如、雨は止み状況は好転する。映画的にこれ以上ないだろうという素晴らしい演出。
ヤウ・ナイホイ…これが、監督デビュー作とは!


演出、演技、音楽、美術、編集(90分という短時間の作品に簡潔にまとめたのが素晴らしい)も見事に
決まった大傑作。本当に香港映画は今、世界最高水準だと思いますね。(○)