不毛地帯 第三回感想

すっかり遅れているが、今更「不毛地帯」第三回の感想を
〈あらすじ〉アメリカの空軍基地でフライト中だったラッキードF104が墜落事故を起こす。
近畿商事社長の大門(原田芳雄)は、一刻も早く墜落原因等の情報を集めて対策を練るよう、
東京支社長の里井(岸部一徳)に命じる。一方、東京商事の鮫島(遠藤憲一)は、
防衛庁官房長の貝塚段田安則)に、ラッキードの欠陥データと墜落現場の写真を入手したことを
報告する。既にそれらは、毎朝新聞記者の田原(阿部サダヲ)の手に渡っていた。


急展開の第三話。のっけから壹岐正(唐沢寿明)と田原とのガチンコ対決が面白かった。
壹岐は田原が握っているデータを把握する為、里井に進言して自ら彼に接触する。
そのことは、壹岐が近畿商事の影の航空機部部長であることを田原に確信させる。
このシーンはロケもいい感じで、ジャブを出すような会話の妙と役者の演技で緊張感溢れていた。
この会話は田原の持つ嗅覚や能力が伊達ではないことを印象付ける。


壹岐は、経済企画庁長官・久松(伊東四朗)を訪ね、記事を抑える策はないかと頼みこむ。
そんな壹岐に「君にも泥水を飲んでもらわなければならないよ」と囁く久松。
日本遺族会名誉会長でもある久松は、毎朝新聞と全日本遺族会が国有地払い下げで争っていること
に目をつけ、ラッキード機の事故を記事にしないことを条件に土地を渡すと持ちかける。
国防の為とはいえ、元軍人でありながらその遺族達を犠牲にする・・・。
大門は「泥を被る」と言ったが、壹岐にとってこれはまさに「泥水を飲む」行為に違いない。
川又(柳葉敏郎)にどんな手を使ったのかと問われ、答えることが出来ない壹岐の姿に、
彼がもう後戻り出来ないところにまで来てしまっているのではと感じた。


ところが翌朝、毎朝新聞ではなく東都新聞に、ラッキードの欠陥を訴える記事が掲載される。
田原が東都の記者にスクープを譲ったのだ。田原は壹岐に、ライバル紙であろうと記事を出すことが
最優先だと言い放ち、元軍人でありながら遺族会を犠牲にするとは、軍人の風上にも置けないと
壹岐を糾弾する。
壹岐が読み違えたとすれば、それは記者というものがもつ粘着質と闘争本能だと思う。
壹岐が信念の為に泥水を飲むように、真実を追い求め世に知らしめる為には自らのスクープさえ
譲り渡す。全てとは言わないが、記者にはこういった気骨のある人間がいるのは確かで、
田原はその部類に入っている。壹岐がやったことは田原の逆鱗に触れた。
それは今後、ジャーナリズムへの挑戦を試みた相手として、記者の闘争本能を掻き立てる対象として、
壹岐を認識することになったのではないかと思う。


しかし、壹岐は事態を鎮静化させる為、ラッキード社のブラウン社長を来日させ記者会見を開いて、
ラッキードの性能に対する疑惑を逆手にとり、その安全性をアピールする。
更には大門とブラウン社長に総理を訪ねさせ、次期戦闘機がラッキードに決定すれば対米貿易に
関する規制緩和等を考慮するという米大統領からの添書を手渡す。
窮地を勝機に導き、更には総理への根回しも周到に準備する。
影のように控えめに佇みながら、いつの間にか2次防受注戦を掌握している壹岐。
縦横無尽に策を繰り出しながら終始表情が変わることがない壹岐が少し不気味に見えてくる。
里井も壹岐を脅威に感じ始めているようで、彼に向ける視線は微妙な表情を醸し出している。


ところが、思わぬところから形勢が逆転する。芦田(古田新太)をマークしていた鮫島が、
彼が近畿商事の株を手にしたことを掴む。それは芦田から防衛庁の機密情報を入手する際、
金をせびられていた小出(松重豊)が、里井の指示を仰ぎひそかに渡していたものだった。
芦田は警務隊に連行され、小出も警察に拘留される。
芦田のアシがついたのは、邪険にするホステスに株券をチラつかせたのが原因だ。
魔が差したのかも知れないが、あまりにもチッコイ見栄で破滅する芦田と巻き込まれる小出が哀れだ。
弱い動物が危険に対して敏感であるように、自分が会社の「とかげのしっぽ」とされることを瞬時に
悟る小出。「近畿商事が君も家族のことも責任を持つ」という壹岐の言葉も彼には全く響いてこない。
「軍人であろうと商社マンであろうと、作戦を立てるだけで傷一つつかない壹岐さんが羨ましい」
そう呟く小出はそれでも「笑顔」が張り付いたままで、却って絶望感が増す。


鮫島が久松の元を訪れる。手土産としてミサイル並の実弾(金)を差し出し、国防会議ではグラントの
スーパードラゴンを推してほしい、と堂々と頼み込む。それを聞き、
「『ミサイル』とやらをお教え願えないでしょうか?私の方も『工夫』したいと思いますので。」
とすかさず切り込む壹岐。表情一つ変えず実弾交渉をする壹岐と不気味に笑う久松の姿を見ていると、
善悪の堺が分からなくなってくる。たかだか150万で人生を棒に振ろうとしている芦田と小出がいる
世界とはあまりにもかけ離れた会話で、ここからは壹岐の真意を推し量ることは出来ない。


なので、壹岐と妻・佳子(和久井映見)の諍いには少し驚かされた。
「私はただ静かに暮らしたいだけ。もう二度と11年もあなたの帰りを待つような思いはしたくない」
と叫ぶ佳子を「お前は女手一つで留守を守ったことと、2年間私を養ったことを恩着せがましく
思ってるんだろう。それとも軍人だった私を責めているのか!」と怒鳴りつける壹岐。
口答えの一つもしたことがない佳子の言葉だけに痛切に胸に響く。
と同時に、壹岐のような人でもこのような捩れた感情を持つのかという驚きも感じた。
長い年月苦労をかけた妻への心苦しさとそれをプレッシャーに感じる両方の側面があったのだろうか。
頭に血が上って口走ったのだろうが、その分彼の本音を感じる。
それに壹岐という人は完全に仕事を家庭に持ち込まない主義の男のようだ。
佳子だって壹岐の仕事が自分に理解できる類ものではないこと位判っていると思う。しかし、辛いとか
しんどい状態を家族の前でも晒そうとしない夫の姿は妻から見たら寂しさや空しさを感じさせる。
それもこれも壹岐が軍人でなければ、彼の家族もそんな苦労を負うことはなかっただろう。
そして、軍人であったが故に今は国防を憂い、その為に更に泥水を飲むような仕事も請け負わなければ
ならない。軍人であったことは、かつての壹岐にとっては誇りだったのだと思う。
しかし、今やそれは武器にもなるが足枷にもなっているように感じる。


近畿商事は、防衛庁の機密漏えい事件はあくまでも小出が独断でやったものであると押し通そうと
していた。それを知った小出は「本当に卑怯なのは壹岐正だ」と暴露する。
悪意がこびりついた小出の笑顔が怖ろしい。でも小出の気持はよく分かる。
壹岐の名前を出したのは、「持たざる者」の「持てる者」に対する復讐の感情もあると思う。
壹岐は小出の目に頭脳・人望等全てを持っている人に映ったのだろう。
そういう人間を引き摺り下ろしてやりたいという気持も分からないでもない。
壹岐はそういう人間の心理をどこまで理解できていたのかと思う。
結局のところ組織は人の集まりだ。人間のそういった負の感情が、いつか壹岐を追い詰めるような
ことにならなければいいが。
ラスト、ついに捜査当局が壹岐に任意出頭を求める!壹岐はどうなってしまうのか。次回が楽しみです。
(クーラン)