西洋骨董洋菓子店

西洋骨董洋菓子店」のアニメ放映が無事終了。
なので、ほんとに今更だが原作の感想を書いてみようかと思う(ネタバレあり)。
ちなみに、同人誌分は未読です。


第一話の導入からして驚かされる。
各キャラクターの過去の一部分を順々に羅列して、最後に「西洋骨董洋菓子店」に集わせる。
第二話以降は、時系列をずらして、「西洋骨董洋菓子店」に関わる人達の過去・現在・
そして少しずつ変わっていく人生を縦横無尽に描き出す。
しかし、別々の話に思えたそれらは、実は大きな話の流れの一部分なのだ。
その伏線の張り方と無理のないストーリー展開がほんとに見事。
特に、常連客の元刑事芥川の悔恨である、未解決誘拐事件の被害者が、実は「西洋骨董洋菓子店
オーナーの橘であることが判明する瞬間等は、ちょっと鳥肌ものだった。


よしながふみ先生の絵もほんとに素晴らしく、セリフではなく、コマの連続により人物の心理を
描き出す部分は何度読んでも引き込まれる。まるで映画を見ているかのよう。それも邦画のテンポだ。


そして、なにより人物が深く掘り下げて描かれている。「西洋骨董洋菓子店」のメンツが面白い。


自分に出来ることはわずかだが、その分周りの人に無償の愛を注ぎ続ける千影。
捨て子だった自分の居場所を見つける為ボクシングをしていたが、網膜はく離でそれも断念。
でも二番目に好きな道(パティシエ)をがんばることで、ようやく求めていた場所を見つけるエイジ。
そして橘と小野。
私にとっては「西洋骨董洋菓子店」はこの二人の物語だという印象だ。


優しい父を裏切り男性遍歴を重ねる母の影響で、女性恐怖症になったゲイの小野。
高校卒業の日、同級生の橘に手酷く振られた後、「魔性のゲイ」として開花する(笑)。
この小野という人が非常にアンバランスで理解不能な魅力があった。
彼は才能豊かなパティシエだが仕事を愛しているわけではない。
もちろん誠実に仕事をこなすが、それはゲイというマイノリティが食べていくために
手に職をつけた結果というだけなのだ。
そういう点では非常にシビアというか現実的なのだが、それ以外は「捨て身の人生」。
恋愛も奔放でいろんな人を傷付け、自分も傷付けられる。


なぜ、そうなってしまうのか?
それは結局のところ、彼が自分のことをあまり好きではないからなのではないだろうか。
小野は「自分を大事にしようとか思ったことがない」と穏やかに言えてしまう人。
そんな人が他人を幸せに出来るはずがない。
彼を愛した人達が怒り暴力をふるったりするのは確かに酷いことなんだけど、
それは小野に対して真剣だから。
そう考えると、彼らに酷いことをさせてしまう小野の方がとてつもなく「酷い人」
そして「哀れな人」にも思えてしまうのだ。
そして、小野がそうなってしまったのは、母親のせいでもなく橘のせいでもない。
結局は自分の責任なんだよね。
でも一見穏やかで優しいのに、一皮向けば中味が「フラッフラッで危うい」ところが
「魔性」の逆らいがたい魅力なんだろうけど(笑)。
しかし、雨の中クルクル踊る「魔性のゲイ」というのは、いわゆる「魔性の女」の手管をおちょくっている、
もといパロッているのでしょうか(笑)。


そして、橘。
本作は、高校卒業の日、勇気を振り絞って告白した小野に対し、橘が
「ゲロしそーに気持ちわりーよ!!早く死ね このホモ!!」と暴言を吐いたシーンから始まる。
そして、このシーンはその後も各々の回想として何度も何度も挿入される。
当初、私はこの意味するところがよくわかっていなかった。


その後、前述の通り橘は「誘拐事件」の被害者だったことが明かされ、そのトラウマに
現在も苦しむ姿が描かれる。
そして終盤、神に導かれたかのように「過去に遭遇した事件とそっくりな誘拐事件」に関わることになる。
当然読んでいるこちらは、橘が真実を知り「傷つけられた過去」から解放されるというカタルシス
期待する。しかし、本作はそういう意味ではこちらの思惑をあっさりと裏切る。
現在の誘拐事件を解決するその瞬間、またしても橘の中で「あの日の暴言」がフラッシュバックされる。
橘の心の叫び。そして意外な事件の結末。


その時ようやくわかった。
これは、橘が「他人に傷つけられた過去から解放される物語」ではなく
「他人を傷つけた過去に向き合う物語」だったのだ。
人は、自分が傷つけられたことに対してはどこまでも繊細だが、他人を傷つけたことに対しては
意外に鈍感でもあったりする。
そして、誰かに傷付けられた経験は、自分が誰かを傷付けることへの免罪符には決してならないのだ。
橘は中盤で暴言について既に小野に謝罪している。
それでも、容赦なく小野を傷つけたという過去に向き合うことが出来なかったのではないか?
「傷つけられた過去」に苦しみながら「傷つけた過去」にも苦しんでいた橘の誠実さに、
私は泣けて仕方がなかった。
事件後「卒業式の日からずっと覚えていた。」と小野に告げる橘。
(このセリフは1巻の「本当に俺のこと忘れてたとはな」という橘の独白と呼応する)
暴言により小野が深く傷つけれられた事実が消えるわけではない。
しかしこれ以上の贖罪の言葉があるだろうか。
それを受けて、「パティシエになって本当に良かったと思える。」とようやく自身を肯定できた小野。
西洋骨董洋菓子店」で、橘をはじめ様々な人と関わることによって、小野も少しづつ変わっていたのだ。


本作は、誰も「傷付けられた過去のトラウマ」からは救われていない。
それでもなんとか生きていける。これからも色々あるだろうけど、人生は続く。Life goes on
ラスト、諦観と生き続けることのささやかな幸せがもたらす余韻が、確かにそう感じさせてくれる。


この傑作をまだ読んでいない方がいるとすれば、とてももったいないと思う。是非ご一読を。(クーラン)

西洋骨董洋菓子店 (4) (ウィングス・コミックス)

西洋骨董洋菓子店 (4) (ウィングス・コミックス)