「狼の死刑宣告」…狼映画への挽歌

過日、シアターN渋谷でジェームズ・ワン監督、ケビン・ベーコン主演の「狼の死刑宣告」を観た。
狼よさらば」「狼の挽歌」「狼は天使の匂い」「L.A.大捜査選 狼たちの街」「SPL 狼よ静かに死ね」
と邦題に『狼』を標榜した映画に傑作は少なくない。
本作もまたこうした『狼』傑作選の歴史に名を連ねる快作だった。


あらすじ
商社マンのニック(ケビン・ベーコン)は美しい妻と2人の息子に恵まれ、なに不自由ない生活を送って
いる。善意の人たちにかこまれ「世の中は捨てたもんじゃないな」などと呑気に語る日々。
しかし、ホッケー選手として将来を有望視されていた長男が、街のならず者グループに射殺され、
犯人には反省の色がないばかりか、思ったような刑罰も望めない状況を知るに及び「世の中はクソだ」
と考えを改める。
狼と化したニックの復讐(ヴィジランテ)が始まる…。


こんなシーンがある。
髪を刈り上げワイルドに変貌したニックではあったが、闇ルートで武器証人から銃を手渡された瞬間、
エッて感じで戸惑う。
大袈裟に演じている訳ではないので、見逃しそうになるが、主人公が銃に関して素人であることを無言
のうちに説明しており、ケビンも好演。


そして、過去のさまざまな作品へのオマージュが見え隠れする本作であるが、秀逸なのは中盤におけ
る追跡シーン。
逃げ惑うケビンの姿をカメラはロー・アングルでどこまでもどこまでも追い続ける。
その映像は、手持ちカメラを振り回し、焦点の定まらない構図を提供する昨今のアクション映画のそれ
と異なり、スピーディではあるが滑らかで安定した撮影により的確に対象を捉えている。
それはピーター・ハイアムズの「破壊!」から「密殺集団」に到る一連の作品やジョン・シュレシンジャー
の「マラソンマン」などの移動撮影によるアクション・シーンを彷彿とさせ、あの時代にこうした映画を
熱狂した記憶と興奮があざやかによみがえる。


また、そうした過去の映画を知らなくとも、本気で走り続ける役者とそれを追うカメラの荒い息遣いを聞け
ば、映画が運動していることを実感し、CG映画とは違うアクション映画の醍醐味を堪能できるであろう。


当該追跡シーンは、狭い路地という横の移動から、舞台を立体駐車場に移すに至り、上昇から落下へと
続く縦の移動が加わった重層的な構造となり、観るものの興奮を更に高めることに成功している。


本作のザラザラとした映像の質感は、70年代から80年代までの犯罪映画がもっていたアノ感じであり、
嫌でも「狼よさらば」「タクシードライバー」「ローリング・サンダー」等の諸作を思い出す。
ならばこれは安易なノスタルジー映画か?否、本作は、愛のないリメイク映画が蔓延る昨今にあって、
かぎりなく美しい畏敬の念に満ちた映画である。


挽歌とは、葬送のときその死を悼んで作る詩歌のことだが、本作は80年代にほとんど死に絶えて
しまった狼映画に対する挽歌のようだ。