アンダーカヴァー
過日、「アンダーカヴァー(監督:ジェームズ・グレイ)」を新宿ミラノで観る。
物語は80年代の設定だが、作品の雰囲気はマイケル・リッチー監督作品「ブラック・エース(1972年
製作)」やリチャード・フライシャー監督作品「センチュリアン(これも1972年製作)のような70年代
の地味だがキラリと光る描写が冴えるアクション映画といった印象の佳作だった。
(R30世代向けに言うと、所謂12チャンネル・シネマですな。)
刑事の父(ロバート・デュヴァル)と兄(マーク・ウォールバーグ)を家族に持つ
やくざな男(ホアキン・フェニックス)がある事件をきっかけに、自らも刑事となり
犯罪組織の壊滅を決意するといったストーリー。
冒頭、ホアキンの恋人役であるエヴァ・メンデスがイキナリ脱ぎます!
往年の日曜洋画劇場ならこのシーンをまちがいなく予告編に差し挟み、
不埒な視聴者をあてこむところです。
しかし、当該日曜洋画劇場でそんな予告に期待して本編を観たらシリアスな展開に重苦しい気分に
なった過去同様(例えばゲイリー・A・シャーマン監督作品「ザ・モンスター」とか)本作もその後は、
軟派な要素皆無のハードな展開が続きます。
エリートの兄とアウトローの弟という単純な図式かと思いきや、マーク兄は人間的な弱さを露呈するに
とどまり、全編何の活躍もしない。
弟の「自由」が羨ましかった…と語るに及ぶシーンは涙なしでは観られませんよ。
マーク・ウォールバーグは「極大射程」みたいな、ただ早廻しのアクションを要求される愚作とは比較
にならないくらい腰を落ち着けた演技をみせてよいです。
アクション・シーンといえば本作は、昨今のハリウッド映画にありがちな前述の早廻しやCGや
グラグラ揺らすカメラや性急なカット割りを極力避け、今そこで役者が身体を張って動く
(文字通りのアクション)を的確に記録していて素晴らしい。
中盤の銃撃戦、至近距離での銃声で聴覚に異常をきたしたホアキンが、どうしようもなくなって
2階の窓から決死のダイビング、このシーンに瞠目する。
あるいは、豪雨のなかでのカー・チェイス。
カー・スタント担当者の苦労が実を結んでいます。
ウィリアム・フリードキン監督の大傑作「L.A.大捜査線/狼たちの街」を彷彿とさせる逆斜線暴走シーン
ですが、こちらは豪雨で視界不良という要素が加わり更にスリリング。
更に、アクションが終焉を迎えたときにフッと雨の音が消えて無音になる…
そして訪れる絶望的な死…
この辺の演出の呼吸もたまりません。
しかし、本作の眼目は警察一家の「はみ出しっ子」から一転、復讐のためにやはり自らも同じ道を歩む
までの、ホアキンの不安・苦悩・悲しみの演技だ。
父や兄への屈折した心情…。
麻薬取引現場に潜入した際の畏怖…。
事件は解決するも、失ったものの大きさに対する絶望…。
それらにたっぷり時間をかけて演じ切っています。
故に、人によってはマーク兄とホアキン弟が難しい顔して会話するシーンが延々続くような印象を
持つかもしれませんが、あえてこの二人がプロデュースまでして、且つ、御大ロバート・デュヴァル
(オスカー俳優)やトニー・ムサンテまでも引っ張り出して作り上げた本作の心意気を汲み取らない手は
ないと思いますよ。良作!(○)