追悼:緒形拳様

先日、ポール・ニューマンの訃報を聞いたと思ったら今度は我が国の名優が逝った…。
追悼:緒形拳
TVでは代表作として今村昌平監督作品「復讐するは我にあり」「楢山節考」や野村芳太郎監督作品
「鬼畜」等を紹介していた。
これらの作品も悪くはない。
しかし、工藤栄一監督作品「野獣刑事(ヤジュウデカ)(1982年東映)」を皆さんお忘れでは。


「ストーカー」なんて言葉が認知されなかったこの時代に、そのものズバリのつきまとい男(益岡徹
の満たされなかった好意が怨恨の感情に転じた連続婦女暴行殺人事件、及び、1981年の
「深川通り魔殺人事件」をモデルにした、シャブ中殺人犯(泉谷しげる)の立て籠もり事件。
このふたつの事件を追う猟犬の如き刑事の物語。
その刑事を演じるのが緒形氏…最高だった。


この映画で氏が扮した刑事は、モラルも正義感も持ち合わせていなくて、兎に角、本能的に獲物に
食らい付いていく、まさに野獣デカ。
それは、ともすれば、ありがちな暴力刑事になってしまうところだが、氏は凶暴さのなかに僅かばかりの
人間味を漂わせ、それは豊かな刑事像を作り上げていた。


自分がパクった犯人(前述の泉谷しげる)の情婦(いしだあゆみ)を気に入って一緒に住んでいるの
だが、色々やりすぎちゃって担当事件から外されヤケ酒くらってる時、その泉谷(この時点では覚醒剤
ニ次乱用事件前で仮釈中)を呼んでグチってるのだ。
他にトモダチおらんのか…この情けなさがとてもいい。
で、結局、この飲み屋でも酔って大暴れして店を滅茶苦茶にしてしまう体たらく。
その後、泉谷に介抱されるもゲロはき道に寝転がり大声出す始末…
ショボくれた駄目な中年の風情が最高に身に沁みる。荒っぽさと情けなさのリアリズム。


しかし、外見は最高で、長髪をポマードでオールバックに撫で付けロングコートなびかせたその姿は
セルジオ・レオーネ映画のヒーローの如きたたずまい。
タイトルバックで大野轟二の最高にグルーヴィな楽曲をバックに大阪の街を闊歩してる氏は本当にもう
カッコ良くて…。


そんな魅力的な主人公をものにした本作は工藤栄一監督の最高作でもあって、
雨に濡れた夜のハイウェイを逆光で美しく浮び上がらせた冒頭から凝った映像のオンパレード。
四畳半のアパートで食卓のテーブルの足越しに役者の芝居を狙ったショットとか、
タバコ屋のガラス窓を延々撮って何なのかと思うと、ガラスに写った緒形氏の芝居をみせていたりと、
やりすぎの構図が続く…。


そんなやりすぎの構図なかで描かれるのは、どこまでも裏目裏目に人生転がってしまう男と女の
転落模様。
薄倖の女を演じるいしだあゆみもまた本作がベストアクト。


ところで、この映画って監督の工藤栄一、撮影の仙元誠三、照明の渡辺三雄など松田優作
「ヨコハマBJブルース」の顔ぶれなんだよね。
同じ東映で優作抜きにこんな傑作ものにしちゃって優作はイイ気持ちしなかっただろう。


しかし、この映画は紛れもなく緒形氏の演技によって活きた作品であって、適材適所というか、
緒形氏ならではの怖さと弱さが、この作品の美しさと儚さと相俟って類稀なハードボイルドの
傑作となったのだ。
そんな訳なので、工藤・優作そして緒形拳とみんな故人になってしまったが、
そちらでは仲良きことを…ご冥福をお祈りします。(○)