ヘアピン・サーカス

西村潔監督作品「ヘアピン・サーカス(1972年東宝)」をシネマヴェーラ渋谷で観る。


オープニングは菊地雅章の奏でるフェンダーローズの音色にのせて
首都高を疾走するドライバーの主観映像。
このシーン、ホントにかなり飛ばしてて、前方二車線、車で塞がれてるのに、
強引に追い抜くシーンが何度もある。
高速道路貸し切っての撮影なんてムリだろうから、無許可で撮ってるでしょう、これ。
非常にスリリング。*1
これを大画面で観ることができた幸せに酔う。


かつてレーサーで、今は教習所の教官である男。
男は、生まれたばかりの子供と妻との3人暮らし。
ささやかな幸せ…しかし満たされない。
そこへ、かつて教習所の生徒で、今はトヨタ2000GTを駆る女が現れる。
女との再会で男はふたたびスピードの世界へ…。
しかしそれはサーキットではなく公道での危険なレースだった。
ヘアピンサーカス(オリジナル・サウンドトラック)


この映画のマシンに対する感情は、所謂SPACE AGE
BACHELOR MUSICの感覚に近い。
ステレオフォニックが独身男性の高価なオモチャとして
普及し始め、アポロ月面着陸を夢見てスペーシーな
ラウンジ・ミュージックを聴いていた、
この感覚と近いと思う。
トヨタやアルファ・ロメオ等のスポーツ・カーのメカニック…
ミッション・ギアのシフト・チェンジやスピード・メーターの揺らぎに恍惚とする感覚。
深夜のアーバン・ランドスケープ、流れるネオン・サインは宇宙空間における恒星の瞬きの如し。*2


主人公以外の登場人物の背景は全く描かれない。
主人公にしても僅かばかりの以下のような日常の描写があるだけ。
教習所での仕事を終えると、いきつけのCAFEでひとときを過ごしたり
(嗚呼、憧れる大人の男…。)団地の窓開けて、焦点が定まっていない目で雨のにじむ
夜の風景を見ていたりと、非常にクール。


余計なセリフは一切排除して、エグゾーストノートとエレクトリック・ジャズで主人公の心情を語る。
趣味性が強い、商業映画の構造をしていない。主人公は既成の役者じゃないし、よく企画
通ったもんだ。しかし、それ故この作品は伝説の作品となった。


富士1000kmの優勝ドライバー見崎清志の若き日の勇姿
(ヘンな髪型なのにどこからみても二枚目!)
菊地雅章セクステット唯一のサウンドトラック(ドラムは今は亡き日野元彦
マボロシの名車トヨタ2000GT
レア・グルーヴで再評価された笠井紀美子の出演(動いてる姿初めて見た!)は、
まさに、美しい時代の仇花。*3(○)

*1:後半のカー・チェイスも深夜に堂々と公道で撮影している。あわててよけてるタクシーは一般車両っぽい

*2:なので公道レースといっても「サーキットの狼」や「首都高速トライアル」とかとはチョット違うのだよね。

*3:似たような映画が一本だけある。ジャック・ガーディフ監督マリアンヌ・フェイスフル、アラン・ドロン主演の「あの胸にもういちど」だ。ラスト、スピードによるトランス状態により脳内で惚れた相手とまぐわっちゃう精神状態がそっくりだ。