「ファイヤーフォックス」

映画俳優クリント・イーストウッドは監督としても高い評価を得ているが、1982年の監督作
ファイヤーフォックス」は、顧みられることが少ない作品という印象を持つ。
肉体派のイーストウッドが、映画のクライマックス中、ずっと狭いコクピットに押し込まれている
作品なんて…と、公開当時の評価も芳しくなかった。
しかし、私にとってはロードショウ館(新宿ピカデリー)で観た初めてのイーストウッド映画であり
思い入れもひとしおである。


あらすじ
ソビエト連邦は、思考により攻撃制御が可能な最新鋭戦闘機MiG31(通称ファイヤーフォックス)の
開発に成功。この状況に脅威を感じたNATO北大西洋条約機構は、諜報員をソビエトに潜入させ、
当該戦闘機を強奪する計画を立案する。
抜擢されたのは、元アメリカ空軍パイロットのミッシェル・ガント(イーストウッド)。
彼はべトナム従軍時代の経験からくる心的外傷後ストレス障害に悩まされつつも、彼の地での協力者
の献身的な支援のもと、遂にファイヤーフォックスの強奪に成功する。
しかし、帰路を急ぐガントの後方には、撃墜の命を受け発進したファイヤーフォックス2号機が…。


本作は、前半のソビエト潜入からファイヤーフォックス強奪までのスパイ映画風な作劇と後半の
ファイヤーフォックス1号機対2号機のドッグ・ファイトのスカイ・アクション風作劇の二段構成となって
おり、前半の暗く閉鎖的(文字通りナイトシーンと身を潜めているシーンばかり)な状況から、
後半一気に大空へ翔び立つ開放感がすこぶる快感で、これを新宿ピカデリー劇場の大画面・大音響で
観たときの興奮は忘れられない。


また、スタンリー・キューブリック監督作「時計じかけのオレンジ」で不良少年のひとりを演じていた
ウォーレン・クラークが、そのイメージを覆し、現地での頼りになる協力者を演じていることに瞠目。
彼がファイヤーフォックスの離陸を見守りつつ息を引き取る場面は、夜明けの美しさと相俟って
こころに残った。
そして、その後の飛翔シーンで、猛スピードで空を駆けるパイロットの主観映像となれば、これはもう
空撮好きのイーストウッドの面目躍如。劇場の大画面になんと映えていたことか。


思い入れがある分、手放しで絶賛したいのだが、気になる点もなくはない。


まず、ジョン・ダイクストラが手懸けた特殊撮影。
これは、氏の過去の作品「スター・ウォーズ」「宇宙空母ギャラクティカ」には遠く及ばない出来。
宇宙空間では誤魔化しのきいたスクリーン・プロセス(合成技術)もハイキーの青空ではかなりの
違和感。
また、タイトルに標榜されている「ファイヤーフォックス」が角度によっては、貧弱に見えるデザイン
であるにもかかわらず、何の工夫もせず構図に収めているのも気になる。
更にクライマックス、側面を壁に挟まれた状況でのドッグ・ファイトにおいて「フォースを信じろ」
よろしく「ロシア語で考えろ」と、過去の助言が起死回生となるに及び、これはもう
スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」のパロディか!?と思わずにはいられない展開も疑問。


それでも、本作を好意的に観てしまうのは、思い入れとは別に、使命を課せられた男が、勇往邁進する
姿が美しいからだ。
イーストウッドは過去の「アルカトラズからの脱出(監督は演出の師匠たるドン・シーゲル)」においても
アルカトラズ島に流刑された犯罪者の罪行などには目もくれず、脱獄というひたすら映画的にスリリング
なテーマのみを追求していた。
同様に本作においても、他国の技術を盗むことへの可否などとは無縁にサスペンス・アクション映画作り
に腐心する、このイーストウッド流映画哲学に共感せずにはいられないのだ。
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