「グラン・トリノ」…イーストウッド映画の美しく青い空(ネタバレしてます)

グラン・トリノ」を丸の内ピカデリーで観ました。


かつてフォード社の技師だった主人公(クリント・イーストウッド)は
デカくて燃費の悪いアメ車好き
銃は必須(朝鮮戦争の生き残り)
ヘビースモーカー


この解り易い程、古き良きアメリカ的な主人公の現在は
高齢化に伴う同世代との死別
息子夫婦との世代間の断絶
異文化・異人種との価値観の相違による孤立
…と、非常にシリアスな状況にあります。


ここに東洋人の少年が絡んでくるに及び
フォードのシェアを奪ったトヨタ社と同じ、又は、朝鮮戦争での経験による複雑な感情をかきたて
られる人種への畏怖
更には、若さと老い、正と死、人間関係の崩壊と再生(家族から相手にされないイーストウッド
が守ろうとするのは、血の繋がらない隣人である。そして、彼らと敵対するのはその隣人の親戚
である。)
などなどの映画に必要不可欠な対立と苦悩、それによる成長が淀みなく描かれ、監督イーストウッド
の語り口の流麗さに(いつもの事ながら)瞠目する訳です。


ギクシャクとした構成を早いテンポと仕掛けの派手さで誤魔化す最近の映画人が、イーストウッド
年齢に達した時、こんなにもスムーズに無理なく展開する映画を作ることができるのでしょうか。
本作は、老い先短い主人公(失礼!)が少年を導く物語ですが、同時に、老練な映画人イーストウッド
が、若きクリエイターに「映画ってのはこういう風に撮るもんだよ」と指南しているようにもみえます。


そして、イーストウッドの内面にも、苦悩の果ての変化が見て取れます。
復讐のための殺人には目を瞑ってきた(「ダーティハリー4」「ミスティック・リバー」)彼が、
今回はそれを「已む無し」として見過ごさないばかりか、その結果として、彼が扮する主人公が無防備
な状態で死ぬのです。
「荒野の用心棒」で心臓を撃たれても「ガントレット」で45,000発の銃弾を浴びても死ななかった
イーストウッドが、死ぬのです。しかも、何ともアッサリと。
これは本当に大きな変化であり、新鮮な驚きでした。


劇的な展開を嗜好するむきであれば、(イーストウッドと同世代だった)チャールズ・ブロンソン
「スーパー・マグナム」のように、報復によるアクションのカタルシスを得るところですが、
力による制裁が幸福な結果を生み出せないことを嫌というほど実感している現状の我々には納得が
いかなかったでしょう。
たぶんイーストウッドも同様の感情を持っていたと推察され、今の時代に映画を作るものとして、
この必然的な変化は、イーストウッドの自身に対する理性的忠実さを物語るものだと思いました。


しかしながら、彼の主演作の空だけは変わることなく、途轍もなく青く、美しい。
本作の前半はどんよりとした曇り空で、どうしたのかなと思っていると、ラスト、すべてが浄化され
たとき、雲ひとつない真っ青な空が広がる…。
苦悩の果てに救いを求めた本作におけるラストシーンの空は、いつも以上に美しく澄んでいるように
見えました。
イーストウッド映画の空の青さの例示。
ダーティハリー3、ガントレットダーティハリー