源氏物語千年紀 Genji 総評

源氏物語千年紀 Genji」が終わった。
監督は出崎統。当初大和和紀原作「あさきゆめみし」のアニメ化として計画されたものが、
結局、出崎氏オリジナルで「源氏物語」をアニメ化することになった曰く付きの作品(笑)
今、思えばそれで良かったと思う。出崎氏が監督する限り、「あさきゆめみし」には、絶対成りえない
作品だと思うからだ。


これは、否定的な意味で言っているのではない。むしろ、全肯定だ。
個人的な意見として、源氏物語を男目線で解釈するのか、女目線で解釈するのかによって、
この作品の表現はかなり変わってくると思う。
私個人の考えとしては、女目線の源氏物語は、「光源氏」という恋愛災害に遭った女達が、その後、
いかに魂の平安を得るかに至る物語にとれる。女からすれば、こちらの方が断然勉強になる(笑)。
しかし、初回では図りかねたが、本作は明らかに男目線で解釈した作品だ。
つまり、光源氏が華麗なる女性遍歴を重ねた末、何を得て、何を得られなかったのかを描く物語なのだ。
そして、最終回の長い長いアバンを見て、本作は明らかに出崎版源氏物語なのだと理解した。


第10回までの光クンは、本能の赴くまま身勝手な女性遍歴を重ねる。
ここまでは、回を重ねる毎、光クンが愛の言葉を囁くたびにツッコミをいれ、鼻白んだ気持になった
時もあった(笑)。
しかし、最終回、光源氏は夢の中で荒野を彷徨い、矢を撃たれ「罪は罪!されど愛は愛!」と叫ぶ。
更には現れた桐壺帝の魂に「自分を許すことが出来ない」と語っている。
その心象風景や哀しい言葉は、「自分を殺したいくらい厭わしく思っても、それでも自身を生きることしか
出来ない」という叫びに聞こえる。つまり、この人は、来世や今生での魂の平安等求めていないのだ。


思えば、私が親しんできた出崎作品は、「あしたのジョー」(原作:ちばてつや)にせよ、
「ベルサイユのバラ」(原作:池田理代子)にせよ、灰になるまで燃え尽きるからこそ、
その儚さが際立つ、今を生きるその一瞬に命の炎を燃やす人達を描いていた。
恋もセックスも必ず終わる。そんなものに永遠を求めながら、その度に叶わず、それでも後先考えず、
次の恋に身を焦がす光源氏は、そういう意味ではまぎれもなく出崎作品の主人公として成立している。


しかし、本作の登場人物達は「燃え尽きていない」のかもしれない。
例えば、藤壺の宮(CV:玉川紗己子)。彼女は源氏との不義の子を身ごもり決然と別れを宣言するが、
しかし、その内面は、桐壺帝に対する罪の意識と共に、最後まで源氏への想いを絶つことが出来ない。
出家しても、「あの世で一緒になるお方」と語り、今生でもあの世でも結局源氏に縛られる。


光源氏にしても、本作の最終回で「紫の上」(CV:遠藤綾)という今生での安息の地を見出したように
思われる。(原作とはかなり異なる解釈だと思った)
しかし、ラストで須磨の海を眺め涙しながら、「罪は罪。されど愛は・・・。」と再度呟く光源氏は、
生きることに苦しんでいるように見える。
原作を知る者としては、この後、源氏が須磨で「明石の君」を孕ませ、都に戻れば「女三宮」を
正室として娶り、あんなに愛した「紫の上」を結果的に死に追いやる事を知っている。


うがった見方をすれば、本作のラストシーンの光源氏の慟哭は、罪にまみれ、自分や愛する人
苦しめながら、それでも生きること愛することを止めることが出来ないのであろう自身に対する嘆きに
とれる。燃え尽きるまで足掻きながら生きる。魂の平安には程遠い生々しい生への希求・・・。
先程、「燃え尽きてはいない」と書いてしまったが、もしかしたら、これが本作で出崎氏が描きたかった
ものなのかもしれない。
話数の関係もあるだろうが、須磨に向かうところで物語を終えているのは、そういった理由が
あるからではないだろうか。


本作については、賛否両論色々あったと思う。濡れ場が大胆だという意見もあったらしい。
しかし、出崎氏がそこに生への希求を描いているとしたら、それも仕方がないのかなと思う。
(個人的には様式美として捉えていたので、さしてエロスは感じなかったが)
出崎氏特有の演出の間やタメは本作でも随所に炸裂していて、充分楽しめた(笑)。
作画に関してもその美しさには毎回感心したし、そちらも非常に楽しんだ。
正直、風俗等の時代考証に違和感を感じたこともあったが、六の君(CV:長沢美樹)のリボンを見た時、
全てがぶっ飛んだ。自分の小ささを恥じましたね(爆)。


登場人物の解釈も非常に面白かった。
女性は「葵の上」(CV:平田絵里子)のツンデレ振りが非常に嵌りました。
死んでからでしか、源氏に素直に愛を伝えることが出来ない葵の上がとても哀しく好きだった。
また本作は、男性キャラがたっている印象を受ける。
光源氏はソフトで優しくかつ強引。演じる櫻井孝宏氏の美声にうっとり(爆)。
頭の中将(CV:杉田智和)のおとぼけキャラはホントに秀逸(笑)。
あとは桐壺帝と朱雀帝。私は桐壺帝は源氏の罪を知っているのかもと思っているのだけど、
本作では知らないという解釈なんですかね。演じる堀内賢雄氏の演技がとても素晴らしかった。


そして、なんといっても朱雀帝。兄というか父性をも感じさせるキャラで、苦しみや哀しみも一通り
味わった後に行き着いた境地に達している人という感じがして、ある意味、源氏とは対極の人なのかも
しれない。この朱雀帝を演じていたのが水島裕氏で、最初全然分からなくてビックリしました。
また、これがすんごい上手かった。
本作は声優陣も新旧取り混ぜての豪華版で、耳でも非常に楽しめた。
声優さんのプロフェッショナルな仕事振りを堪能できて、これも嬉しい限りでした。


最初から最後まで、まったく手加減せず「出崎版源氏」を描ききった本作。
私は非常に楽しみました。(クーラン)