「処刑遊戯」…優作スタイルの始まり

過日、シネマヴェーラ渋谷で「処刑遊戯(1979年製作)」を観る。
ジャン=ピエール・メルヴィル監督、アラン・ドロン主演の「サムライ」を日本の風土で
リプロダクトしたような作品。言うまでもなく傑作です。


殺し屋鳴海昌平(松田優作)が犯罪組織に拉致され、強引に仕事を請け負わされる。
ターゲットは、この組織でかつて働いていた殺し屋(青木義朗)だったが…。


この作品のなかでは、夜の街は常に深い霧に被われ、コールガールが男を誘う…。
日本のどこにこんな街が!?まさにフランス・フィルム・ノアール。


この作品、監督は村川透ということになっているが、「白い指の戯れ」から「殺人遊戯」に至る
これまでの氏の諸作品や、松田優作とのコンビ解消後の「獣たちの熱い眠り」「薔薇の標的」
などの軽快なフットワークの作品とはスタイルが大きく異なる。


しかし、その後の優作のフィルモグラフィーにおける重要な作品群、即ち…


TV「探偵物語」最終回「ダウンタウン・ブルース」(監督:小池要之助
映画「野獣死すべし」(監督:村川透
TV「火曜サスペンス劇場」「死の断崖」(監督:工藤栄一
映画「ア・ホーマンス」(監督:松田優作


とは多くの共通点を見出すことが出来る。


顕著なスタイルは以下のとおり


1 長廻し撮影を多用した舞台劇のような演出
2 生活感のない共演の女優陣
3 既存のイメージを覆す共演の男優陣
4 シリーズの流れを無視するシリアスな展開
5 結末が観念的




以下具体的に記述すると、1「長廻し撮影を多用した舞台劇のような演出」については


「処刑遊戯」
・冒頭の地下室における監禁から脱出失敗の一連のシーンを、ほぼセリフなしの優作の一人芝居と
していること


ダウンタウン・ブルース」
・仲間の死を知った主人公が、過去を述懐し涙をこぼすシーンを長尺のワンカット撮影としていること


野獣死すべし
・冒頭、烈しい雨のなか主人公が刑事から拳銃を奪うシーン
日比谷公会堂でのクラシック・コンサート鑑賞中、主人公が感極まり涙するシーン
・落雷の夜、伊豆の別荘で殺人の快感を告白するシーン
・戦場カメラマンとしてベトナムに遠征した際目撃したレイプ事件の悪夢を述懐するシーン
以上、ほとんどカメラを固定したワンシーン、ワンカットの撮影としていること


「死の断崖」
・ラストシーンを逃亡先の別荘という限定された空間での優作と夏木マリのふたり芝居としていること


ア・ホーマンス
・基本的に特別の意味がない限り、全編シーンをカットで割っていないこと 等が挙げられる。



2「生活感のない共演の女優陣」については
「処刑遊戯」…りりィ
野獣死すべし」…小林麻美
「死の断崖」…夏木マリ
ア・ホーマンス」…阿木燿子
  皆美形、しかし演技者という印象は希薄、そして、他の映画・ドラマ等における役のイメージに
  固定されていない女優であったということ


3「既存のイメージを覆す共演の男優陣」については
「処刑遊戯」
・一言もセリフがなく、不気味な高笑いをしているだけの片桐竜次


野獣死すべし
・ふてぶてしさと凶暴さを全面に打ち出す鹿賀丈史、訛りの強い佐藤慶


ア・ホーマンス
・無表情で顔を切り裂く大学中退ヤクザ役のポール牧
・ロングコートに松葉杖で演技を封じ込まれた片桐竜次


ギラついた印象を持つ役者は抑制の効いた演技を要求され、そうではない役者が過剰な演技を要求
されていること


4「シリーズの流れを無視するシリアスな展開」については
「処刑遊戯」
・遊戯シリーズ第三弾であるにもかかわらず前二作における主人公の軽妙さを全く継承していない
設定であること


ダウンタウン・ブルース」
・TV「探偵物語」の基本フォーマットであるズッコケ探偵路線を全く無視した最終回となっていること


「死の断崖」
火曜サスペンス劇場としては、異色の暗いトーンの絶望的な作品であること


5「観念的な結末」については
「処刑遊戯」
・どうやらリリィ演じるヒロインは犯罪組織の構成員ではなく、国の工作員のようであるのだが、
背後の因果関係等詳細が不明であること


ダウンタウン・ブルース」
・突如、白いスーツに身を包んだ主人公が本編中のエピソードとは全く関係ない通り魔に腹部を刺され
くずれ落ちる、すると次のカット、スーツが黒に変わり主人公が原宿周辺の雑踏に消えてゆく
…どこまでが現実か不明瞭であること


野獣死すべし
・主人公が最後に陽炎のなかで見た狙撃手は誰か?そもそも、あのラストは現実か否か不明であること


ア・ホーマンス
・それまでのヤクザ映画のスタイルがラストシーンで突如SF映画になってしまうこと 等が挙げられる。




これらのスタイルは、村川、小池、工藤監督の他の作品には見当たらないものであり、
優作の持つ資質が色濃く反映されはものであったと推測する。
そしてそれらは、すべてこの「処刑遊戯」から始まった。


演出者、松田優作の誕生。