「スカイ・クロラ」を観ましたよ。(ネタバレしてます)

過日、丸の内東映にて鑑賞。(原作は未読のまま…)


押井守監督も随分変わりましたね。
「僕は今、若い人たちに伝えたいことがある」と声高にメッセージを送る氏というのも初めてだし、
所謂、有名俳優(加瀬亮菊地凛子谷原章介栗山千明)を声の出演に起用するというのも
かつてとは違う。
そして何より、物語がわかり易い。
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戦争すら民間事業者に委託し、コスト削減と利便性の向上を図る未来社会。
キルドレ」という永遠に年をとらない兵士たちが日々戦場へ送り込まれる。
死ぬまで戦い続ける彼らにとって「生きること」の意味とは…。


物語の終盤で栗山千明扮するパイロットのひとりが、ワンシーンワンカット
(画面が静止して科白だけで進行する)長廻しで
『この「キルドレ」は、その個人の癖や能力が引き継がれる一種のクローンである。』
といった内容のことを説明する。
彼らは、戦死するまで生き続け、死んだ後もなおそのDNAは再生されふたたび戦場に戻される
無限ループの世界を生きているらしい。


長廻しとそこで語られる科白というのは、それまでの押井作品にもしばしばみられたが、
かつての作品に比べストレートにわかり易く説明される。


しかし、それ以前の中盤のパーティのシーンで、
「どこへ行っても変わりばえしない、同じような奴らしかいないな」と主人公の相棒に言わせ、
その後、戦死したパイロットとよく似た外見及び几帳面さを持つ後任のパイロットの赴任により、
主人公がすべての仕組みに気付く…と充分そのことを表現しているにもかかわらず、再度の説明。


セカチュー」の脚本家だからというよりは、もし脚本にそう書かれていたとしても、
それを尊重した監督ぶりは、やはり氏の心情の変化を物語っているのではないかと。


わかり易いといえば、永遠に年をとらない子供たち「キルドレ」の周辺には常に酒とタバコが
あって、こうした子供の背伸びを表現する時に用いられる「大人」の記号を配置することや
彼らに幼年期の終わりの引導を渡すのが「ティーチャー」と呼ばれる老パイロットであるあたりの
通俗性もまた氏の過去の作品と乖離しているように感じます。


で、わかり易いのが悪いのかと言えば決してそうではなくて
クドイくらいに説明してまでも伝えたかったこと
『この絶望的な状況でも、ささやかな希望を信じて生きていく(パンフより要約)』
には素直に心うごかされました。


「ミスト」のように暗い現実についての暗喩も、こうした作品もそれぞれに素晴らしい。
何よりこの作品は、監督の言っている『木々のざわめきや、風のにおい=生を実感する』というのが、
驚くほどの説得力で描かれている点にあって、どんよりとした曇り空や緑の深さなどの描写からは、
空気が湿っている感じまで伝わってくるような緻密さを感じさせます。


また、彼らの基地は、それなりの人数の人々が行き来しているはずであるにもかかわらず、妙にがらん
とした静寂に包まれている。というか空中戦以外では常に静かな時間がながれていて、それは死と
隣り合わせの戦闘以外では「生」を実感できない彼らの怠惰な日常の空気なのかもしれないのだ
けれど、抑制された演出のリズムがある種の心地良さを感じさせて素晴らしい。


もちろん、実写では有り得ないアングルとスピード感で描かれる空中戦は凄くて、音響の甚だしさと
ともに劇場で映画を観ることの幸福を味わわせてくれます。


ところで、前述の無限ループというのは、押井作品ではお馴染みのものではあるのだけれど、今回は、
永久に続く子供の時間とそれを断ち切る…ことは出来ないんだけど…変えようとする、そのことで希望
を見出す、という今までに無い真直ぐな描き方には清々しい気分になってしまいました。


「我々に確実に訪れる死、だからこそ現在を生きる」というテーマはジョン・ブアマン監督作品
未来惑星ザルドス(1974年製作)」と同様ですが、このテーマは今のほうがより切実なものだと
思いますね。
スカイ・クロラ」…秀逸な作品です。(○)