休日

この日は夕方から映画を観に行く。映画鑑賞後「飲茶・中華バイキング 香港蒸籠」で食事。

バイキングだったので、いっぱい食べた。ついでに呑み放題もつけて、いっぱい呑んだ(笑)。


★「終の信託」鑑賞。(原作:朔立木 監督・脚本:周防正行 出演:草刈民代役所広司浅野忠信大沢たかお)
〈あらすじ〉呼吸器内科医の綾乃は、同じ職場の医師・高井との不倫に傷ついていた。そんな時、重度の喘息で入退院を繰り返す
江木の優しさに癒やされるが、江木の症状は悪化の一途を辿る。死期を悟った彼は、もしもの時は延命治療をせずに死なせて欲しい
と綾乃に懇願する。それから2ヵ月、心肺停止状態に陥った江木を前に綾乃は激しく葛藤する。


周防正行監督最新作。とても奥深い作品だった。上映時間が144分と長く内容も重い作品だが、全く長いとは感じさせない。
一見、医療問題や冤罪を扱う社会派映画なのかと思いきや、観終わると、これは確かに監督の言う「愛の映画」として
成立していることが分かる。


映画は、主人公の苦い過去から遡り、綾乃の人と成りを淡々と描き出す。
後半に起こる事件とは、一見関係ないようにも思えるが、ここをしっかり描くことで、後の綾乃の決断の意味が分かってくる。
綾乃の不倫相手の高井は、病院内で綾乃に行為を迫ったり綾乃の他にも若い愛人がいたり、思いやりのかけらもない最低男だった。
東大卒の美人女医が、どうして高井のような男に引っかかってしまったのか。つらつら考えると、綾乃は素直で不器用な人だった
からではないかと思う。高井の相応の地位や、調子の良さ、そういった分かりやすい長所が、スレていない綾乃には好ましく
見えたのだろう。そして、素直なので、一旦好きになればイタく見えてしまうほどノメり込む。しかし、高井は自己中心的で
情も薄い男。素直で人として当たり前の思いやりを持つ綾乃には、そういった高井の言動は理解しがたく、人並み以上に堪えたと思う。
ままならない恋にストレスを感じているのなら、自分なりに発散する術を見つければいい。しかし、綾乃にはそういう思考は全くなく、
ストレスをダイレクトに受け止めようとする。宿直の同僚医師に勧められた酒で睡眠薬を流し込み、声を殺して泣く彼女を見て、
「どうして自分に逃げ道を作らないのか」と思った。酒でも煙草でも買物でも、一旦何かに逃げてみればいい。
けれど綾乃は、そんなことも出来ないほど不器用な人なのだ。
結果、あわや自殺未遂の騒ぎになるが、別に死にたいと思ったわけではないと思う。
一種の自傷行為だ。心が苦しくて苦しくて仕方がなくて、その苦しさを、どうしていいか分からず自分自身にぶつけた。
でも、そんな不器用な綾乃の女心は高井には伝わらず、惨めに捨てられる。


騒動を起こした病院で、好奇の眼に耐え働き続けるしかない綾乃だが、患者の江木にとっては、そんな綾乃は却って身近な
存在となったようで、大人の気遣いでさりげなく彼女を励ます。江木の暖かさがどれだけ綾乃の心を救ったか。痛いほど伝わってきた。
この江木が、後々綾乃に「終の信託」を依頼するわけだが、江木を喘息患者にしたことが、巧い設定だと思った。
例えば、末期がん患者であれば、終の時は分かりやすい。しかし、重度の喘息患者というのは、長い時間をかけて状態が悪くなり、
その苦しみの推移は患者の生きる気力を確実に奪っていくのに、終の時は分かりにくい。いつ終わるともしれない苦しみから、
早く解放されたいという思いに至る江木の心情が伝わってくる。


江木という男も不思議な人で、暖かく気遣いも細やかな人だが、家族にもとても遠慮している。遠慮というか、心に抱える何かに
必死に耐えるあまり、家族とすら心から打ち解けられない、という感じなのかもしれない。特段家族仲が悪かったわけではない。
しかし、江木の妻子は、彼が何を考えどういう男だったのか、最後まで分からなかったし、分かろうともしなかったのではないかと思う。
江木の妻の描写も見事で、「妻はそういう事が出来る女ではない。妻には負担をかけたくない。」という理由で、江木は綾乃に
終の信託の依頼をする。なるほど、江木の妻は、自分の頭で物を考えられない、決められない人なのだ。確かに、親や夫の介護で
疲れ果てていたのかもしれない。けれどこの人は、自分の伴侶がどう人生を締めくくるか、という非常に大切な問題について、
思案や選択の責任から逃れている。伴侶に最期を託される存在として認められていないということを、何とも感じない江木の妻を見て、
この夫婦のこれまでの月日はなんだったのか、と思わずにはいられなかった。


江木は幼少期の悲惨な体験から繋がる自分の死生観を綾乃に打ち明けると、「もしもの時は延命治療をせずに死なせて欲しい」と
終の信託を依頼する。おそらく家族にも語ったことがないことを打ち明けるほど、綾乃との交流は親密になっているのだが、
この二人に「男女の愛」という生臭い感覚は漂っていないように見える。
やがて、江木は心肺停止状態に陥り、彼に託された依頼を前にさすがに綾乃は葛藤するが、ついにはその願いに添おうとする。
江木の家族に病状を伝え、熟考して決めてもらった後、江木を「尊厳死」させる。
ところが、この「尊厳死」がなかなかのショックシーンで、江木はなかなか死なない。意識不明でも肉体は条件反射で死を拒絶する。
のた打ち回る体を長いこと押さえつけ薬を打ち、結果的に「安楽死」させる一同。「尊厳死」とは、眠るように息を引き取るものだと
思っていたが、こんなにも壮絶なのを見たのは初めてだった。
綾乃も憔悴していたが、江木の家族にとっては、かなりの衝撃だったのではないかと思う。あんな姿を見せられては、家族は
どうしたって、尊厳死させた判断は間違いだったのかもと、罪悪感を抱くのではないか? 
数年後、綾乃は殺人罪とで告訴されるが(内部告発か?)、遺族の証言は綾乃に不利なものだった。
罪の意識から逃れる為に、江木の遺族は、尊厳死を提示した綾乃に責任を転嫁したのではないだろうか?


告発された綾乃は検察庁に呼び出され、検事の塚原と相対するが、草刈民代大沢たかおは終始白熱した演技で、まさしくここが
映画のクライマックスとなっていた。
塚原は、綾乃の言い分をことごとく撥ねつけ、法でもって的確に断罪していく。精神的にも肉体的にもイヤな感じで追い詰めていく、
塚原のやり方かエゲつないので、いかにも「悪役」に見えてしまいがちだが、そうではない。例え共感出来なくても、この人は
この人で職務を全うしているだけだ。そして、彼の言う通り、綾乃と江木は間違っていたのだとも思う。
尊厳死」を望むなら、江木は家族とよくよく相談するべきだったし、綾乃も家族との対話を勧めるべきだった。
身を守る為には、綾乃は、江木の家族同席のもと「尊厳死」についての取り決めを行い、書面に残しておくべきだった。
綾乃と江木の二人だけの会話で託された依頼は、立証することは出来ないのだ。


しかし、ふと思った。江木は迷惑をかけることを承知で、綾乃に終の信託をしたのではないだろうか。あれだけ気遣いの出来る人が、
綾乃が被るリスクについて全く考えなかったということはないだろう(ここまで問題になるとは思わなかっただろうが)。
家族にすら迷惑をかけることを嫌っていた人が、綾乃には迷惑を承知で頼んできた。それは綾乃を、この世の誰よりも深く信頼し
愛していたからに違いない。男女の愛でも、人間愛でもなんでもいいが、江木にとって綾乃は自分を理解してくれる唯一の相手だった。
綾乃もそれに応えたいと思ったのだ。彼女も同じ気持ちだったから。そして、素直で不器用な綾乃だから、逃げるようなまねは
出来なかった。終の信託は、二人の約束として、ああいう形で守るしかなかったのだ。


綾乃が塚原に完膚なきまでに叩きのめされていく過程は、綾乃と江木の愛情と信頼が試されている場でもあったのだと思う。
殺人犯として逮捕され、昔のように声を殺して泣いていた綾乃だったが、涙を拭うと顔をあげ、毅然とした態度で連行されていく。
背筋をピンと張った彼女の後姿を見て、この人は後悔していないのだなと感じた。例え貧乏くじを引いてしまったとしても、
江木との約束を果たしたことを、綾乃は決して後悔していない。
本作は、医療問題や検察の問題等、色々と考えさせられたが、なにより人の愛情と信頼に報いるということの、重みをひしひしと
感じさせた作品だった。秀作でした。(クーラン)