ありふれた奇跡 総評

ありふれた奇跡」が終わった。
このドラマを見ていた人は、「ありふれた奇跡」ってなんだろう?と絶対一度は考えたと思う。
私も、それをずっと考えながら今まで見てきた。


ところで、今回、幾つかの急展開があった。
まず、たまたま居合わせた加奈と翔太に、若い母親が発作的に赤ちゃんを託してその場を立ち去る。
二人は慣れない手つきで子供をあやしながら母親を待ち続けるがなかなか戻ってこない。
真っ暗になった頃、仕方なく藤本と権藤(塩見三省)を呼び出すが、ついに母親が現れる。
「一人じゃどうしようもなくて・・・」と泣き出す母・美代(末永遥)に権藤と藤本は「一緒に考えよう」
と励ます。


次は、子供が産めない加奈と翔太の結婚をいまだに反対している爺ちゃん。
最終回では、職人の神戸(松重豊)に、家族を東京に呼び寄せるから母屋の一室を貸してもらえないか
と相談を持ちかけられるが、家がのっとられると提案を却下する。
しかし、そんなにまでして守りたい「家」には何があるのだろう。
重夫は既にこの家にはいないし、加奈と翔太が結婚すれば彼も家を去るのかもしれない。
そんな爺ちゃんに「もっと人を信用しろよ!でないと、いつまでも広がらないじゃないか!」と
喰ってかかる翔太。
そんな翔太の姿に力強さと変化を感じた爺ちゃんは、ようやく二人の結婚を許す。
そして、ラストシーンでは、田崎家にやってきた神戸一家と楽しそうに写真を撮る爺ちゃんの姿がある。


そして、藤本に会いに行った加奈と翔太はそこで美代親子と再会する。
藤本は親子を支えることに生きがいを感じているようだ。
「代理の父と娘と孫」として写真を撮ってほしいと言う藤本。
ポーズを撮りながら、「俺、一人じゃないよ!」と誇らしげに笑う。


この二つの写真のシーンを見て「これだって、ひとつの家族の姿ではないか?」と思った。
一緒に住んでいようがいまいが、血縁であろうがなかろうが、支えあう人同志が寄り添っている姿は、
それはもう広義の意味で「家族」ととれるのではないだろうか。
ていうか、もう別に「家族」とかで括らなくてもいいのかもしれない。
「人とのつながり」と言うべきか。


傍から見れば、息子が家を出て、職人家族を住まわせる田崎家は一家離散状態にとれるだろうし、
藤本と美代に生臭い関係を疑う人もいるだろう。
でも、そんなかっちり関係性を突き詰めたり、血縁や家族や一つ屋根の下に拘らなくても、
人は助け合ったり寄り添ったり出来るのだ。


爺ちゃんは「人は必ず裏切るし、怖い。」と言っていた。私もその通りだと思う。
特に今の物騒な世の中を見れば尚更だ。それに、人間は結局は一人だと私は考えている。
しかし、誰にでも、一人じゃどうにもならない時は必ずやってくる。
そんな時、支えたり信じたりする相手は、「近しい人」でなければならないということはないだろう。
たまたま居合わせた人でも、気が付いたらそこにいた人でも、親子でも、周りにいる誰かが
一緒に考えてくれて、それを信じられるなら、そこから新しい関係が始まるはずなのだ。
翔太が言っていた「広がる」というのは、こういう事だったのかなあと思った。


本作での、藤本と加奈・翔太それに美代親子との関係等は一言では説明しずらいし、
火事で家族を亡くした藤本の彼らに対する思い入れを理解するのも難しいと思う。
けれど、こんな「説明のつかない関係」が、藤本を生かしているのだ。
また、加奈は子供のいない人生に翔太を巻き込みたくないとずっと苦しんできた。
翔太は不況で仕事は激減し、将来の見通しは厳しい状況だ。
しかし、そんな状況でも、二人は「一緒にいたい」という気持ち一つで、ともに生きることを
決意している。


今は、経済も家族の形態もそして幸せな日常も、変わらないものなど何もない世の中なのだ。
このドラマの登場人物は、その「今」を「人とのつながり」を支えとして生きようとしている。
しかし、人の心こそ変わりやすいものだし、そんなものに自分を預けるのは怖い。
だから、この考えをヌルイと感じる部分も確かにある。
でも、そんな冷めた思いより、それでも加奈と翔太と藤本の今を信じたい。
そう感じさせてくれたことが「奇跡」だったのかもと私には思えた。


本作の俳優陣は、みな素晴らしかった。
世代や役者の型もバラバラな人を敢えて揃えたところがとても良かったと思う。
加瀬亮は物凄く自然な台詞回しで雰囲気に溶け込む演技が素晴らしく、対する仲間由紀恵は、
言葉を噛み締めて語るような台詞回しで、個人的には山田脚本にとても合っていたのではと思う。
戸田恵子仲間由紀恵の会話とかは、言葉の吐き出し方やセリフ廻しが結構似ていて、
親子っぽいなと感じましたね。
そうそう、最終回の桂と律子の会話は、腹の探りあいから、唐突に親近感が沸く感じが手に取るように
わかって、このシーンちょっとゾクゾクした(笑)。
一見、間逆のタイプに見える二人だけど、実は似た者同志なのでは?
戸田さんとキムラ緑子さんの演技合戦は見応えがありました。


藤本の陣内孝則氏もすごく良かったと思う。
第一話の「お二人も死のうとしたことがあるんじゃないですか?」の顔なんか、凄かったよ。
いよいよ山田太一ワールドに入るんだなと感じさせてくれた。
めんどくさいオヤジの部分や徐々に天然っぽい感じになっていくとことか、うまいなあと思いましたね。


そして何より、井川比佐志さんの爺ちゃんと風間杜夫さんの重夫がオモロすぎて、大好きだった。
あんなにも噛みあわない感じを出せるのって、本当にすごいと思う。
(トラが三匹〜、尻尾を振ってご応募ください〜、イイトコどり!は大爆笑)
八千草薫さんや岸部一徳さんも素晴らしかったです。
(岸部氏の女装が結構似合ってたのが、衝撃だった)


演出で言えば、基本的に演技は長廻しで撮っているので、久し振りに役者のアンサンブルを
堪能することが出来たし、俯瞰のショットも多く、会話中心のドラマからこういうシーンがあると、
広がりを感じるので、カメラ的にも楽しめた。
こういうところにまで、気を配る贅沢なドラマは最近はないと思う。
なにより、三ヶ月、色々なことを考えさせてくれたドラマでしたね。
久々の山田脚本はステキな言葉が詰まってる宝箱でした。面白かったです。ありがとうございました。
(クーラン)