会社物語 MEMORIES OF YOU(ネタバレあり)

宣言どおり?「会社物語 MEMORIES OF YOU」を見たので(誰も期待してないのに・笑)その感想を。
ちなみにビデオの録画状態は思ったより良くて安堵した(笑)。


本作を久し振りに見て感じたのは、私が観た市川作品の中でやはりこの映画が一番好きだということ。
それは見終わった後、心がジンワリと暖まるような感動にひたれるからだろう。


本作は1988年に上映された市川準の監督第二作目。
定年を間近に控えたサラリーマン「花岡」が、退職前にジャズのコンサートを開こうとする姿を
描いている。主役はハナ肇氏で職場のジャズ仲間はクレージーキャッツの面々。


花岡の描写がとてもいい。冒頭、花岡の初登場のシーンはアップで始まるが、その顔を見た瞬間、
この人は現在大して幸せではないんだな。ということがわかる。
その後も花岡のくたびれた日常が何となく描かれ、丸の内の商社でかつてはそれなりに仕事を
こなしてきたが、今は出世コースから外れ、周囲からも敬遠されがちな不器用な男であることが
わかってくる。


何より強い印象を残すのが、花岡がどうしようもない虚無感に陥っていることだろう。
必要な時だけいいように使われる自分にとって、会社での34年間は一体何だったのか?
家族の為と言えなくもないが、その家庭も色々と問題を抱え、心が安ぐ場所にはならない。
わずかなセリフと状況で花岡の人となりをわからせ、その上で、彼が抱く「人生に対する空しさ」
を画面から色濃く滲み出させている。
何度も映し出される花岡の後姿(それは羽織っているコートとカバンの重みに耐え切れず常に
ヨロヨロと疲れきって歩いている)はそれを象徴しているように感じる。


花岡の唯一の心の安らぎは部下の西山だが、それは彼女の中に
「若さ・未来・希望・清純」等を勝手に見出しているからで、色恋とは別のものではないだろうか。
そう感じさせるのは、主演のハナ肇氏が醸し出す無骨さと品格によるものだと思う。


そんな時、同じ会社に勤める男性(谷啓)が昔トロンボーンを吹いていたことがわかり、
職場でジャズコンサートを開きたいという話になる。次々と集まる仲間。
今回改めて見て「アレッ」と思ったのが、植木等演じる守衛さん。
彼はギターを弾き、実は豪邸に住み、若い奥さんを貰って人生を楽しんでいて、
職場とは違った顔を見せる。
それは会社や家庭の中での存在意義に悩む花岡とは対照的に描かれていて、出番は少なかったが
強い印象を残した。


そしてなにより、酒を呑みながらジャズ談義に夢中になるクレージーキャッツの方々が活き活きとして
とても楽しそうだ。
このシーンは、即興なのではないか?と思わせるほど自然な語らいで、こういった演出は昨今珍しくも
ないのかもしれないが、それを邦画で強く意識したのは紛れもなく市川作品だったと改めて思い出された。


そして、花岡定年の日でもある「ジャズコンサート」当日を迎えるが…。
ところでジャズコンサートを成功させるというのはどういうことなのか?
大勢の観客の前で演奏して賞賛を浴びることだとしたら、その点では彼らのコンサートは
失敗したことになる。花岡の家庭の事情で皆の前で演奏できなかったからだ。
しかし、家庭の騒動を納めた花岡は直ちに会社に戻ってくる。
彼が帰るまでその場で待っていたバンド仲間達。
そしてようやく花岡一世一代の演奏が始まる。聴衆は西山と男性部下の二人だけ。
それでも音楽を奏でられる幸せに満ちた花岡達の演奏。
花岡渾身のドラムソロが始まる。
それは誰かに聞いて褒めてもらう為に叩いているのではなく、何より自分の為に叩いていたのでは
なかっただろうか?
何と言うか、この時花岡はカラを破ったのではないかと思う。
誰かに認められなかったとしても、自分の人生の価値は自分にしかわからない。
それに彼は気が付いていないだけなのだ。
西山の先輩女性事務員(木野花)が花岡に寄せる尊敬と親愛の眼差し。
親身に世話を焼く男性部下の気遣い。
家庭内暴力の果て花岡に縋り付いてきた息子の愛情。
花岡はずっと自分は「無価値」だと思ってきたのかもしれない。
しかし彼の誠実な生き方は愛され認められていたのだ。


ラスト。早朝仕事に向かう人並とは逆に、誰もいない電車に乗り込んで帰宅する花岡の表情が好きだ。
(この辺の一連のシーンに後姿はまったく映されない)
何かから解放されたかのような顔。これからの花岡の人生も決して「無価値」ではないだろう。と
希望を抱かせてくれる。


このような物語の映画は最近多いのかもしれない。
しかし本作を88年というバブル絶頂期に発表したことに今更ながら驚かされる。
これは市川監督もハナ肇氏もおそらく当時の物質的豊かさがもたらす幸福を信じていなかったと
いうことではないだろうか?
「下を見ればキリがない」「36歳でアルバイトですよ」等現在の世相が反映されたセリフも
散見され驚いた。実際今観たほうがいたたまれない気持ちにもさせられました。


そして、今観ると市川監督の演出がわかりやすくて驚いた。
監督2作目の作品ということもあるのだろうが、それ以降邦画で市川監督のような演出をする人達が
増えてきたからではないだろうか?


個人的に、90年代は新しい邦画が生まれた時代だと私は考えている。
その一角を確実に担っていた市川準監督。改めてご冥福をお祈り致します。(クーラン)