過ぎ去りし日々

前からとても気になっていた(というほどもないか)ことがある。
現在、ソフトバンクのCMで流れている曲である。
あれは、「向田邦子新春ドラマスペシャル」のテーマソングではないか。


向田邦子新春ドラマスペシャル」。
TBSで毎年新年に放映されていたドラマとして憶えている方もたくさんいると思う。
毎年、今は亡き久世光彦向田邦子作品のエッセンスを抽出して2時間のドラマとして構築し、
演出していた。
主演:田中裕子 ナレーター:黒柳徹子 これは毎年変わらず。
母親役は加藤治子。この人もほぼ毎年出演していた(「あ、うん」ではナレーター)。
田中裕子と関わる男は大体小林薫が演じていたが、出演していない年もある。


話は毎年違う。しかし、毎回既視感を覚える。というのも、この世界にはお約束が幾つかある。

  • 主人公一家は池上本門寺近くに住んでいる。
  • 物語は戦争中の年末から年明けの出来事である(つまり必ず主人公一家が迎える「正月」が描かれる)。
  • ナレーション(黒柳徹子)は末娘の回想として語られている。
  • 大体、父親は死別している。
  • ほぼ毎回雪が降る。

このうえ、キャストがほぼ一緒ということで、当然どこかで見た感じが常に付き纏うが、
実際は毎回が違う家の違う話で、いわゆる一種のパラレルワールドが毎年繰り広げられている
といったところか(ちょっと違う?)。


私はこのシリーズが好きで途中から毎年ビデオ録画していた。
録画したからと言ってしょっちゅう見る物ではないのだが、セットや衣装等の拘りが半端なく、
ただ通り一遍見て終わるのが、どうにも、もったいなかったのである
(しかしビデオ録画なので今ではすっかり画像も劣化していると思うが)。


しかし、この一連のドラマスペシャルの最大の魅力というか魔力は、毎回様々な形で描かれる
「不穏な空気」だと思う。
最近、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のヒットで世はすっかり「昭和30年代ブーム」だが、
ここでみんなに愛されている「昭和」は「みんなが明日への希望へ満ちていた昭和」である。


しかし、この「向田邦子スペシャル」で描かれる「昭和」は敗戦が濃厚になりつつある時期の
「みんなが何かを押し殺して生きていた時代」で、ドラマ自体に流れる空気はとても重苦しい
ものだ。また描かれる季節は毎回冬であるということもあり、常にどんよりしている。
夕陽もなんだか西陽っぽい(笑)。


かと言って、戦争による明確な不幸等が描かれるわけではない。
ここに描かれるのは、家族の間に横たわり蓄積されていく「ヒリヒリした何か」だ。
それが「何か」は毎回違う。
「母親のフェロモン」だったり「姉妹間の嫉妬」だったり「通い合わない夫婦の感情」だったり
それぞれだが、その「今にも噴火しそうなマグマ」が登場人物達の何気ないしぐさの裏に
見えて、ぞっとすることがある。
それを押し殺してみんな「家族」をやっており、それとこの時代設定が作り出した抑圧された
空気感がシンクロして得も言われぬ「イヤな感じ」が出る。
私はこの感覚を毎回楽しみに見ていた(ドM?)。


しかし、向田邦子の映像化作品を幾つか見てはいるが、この感覚を味わえるのは久世光彦
演出作だけだ。名演出家がこの美しい女性の中に何を見出していたのかが気になる。 


このシリーズは様々なラストがある。心穏やかに終わるものもあれば後味が悪い終わり方も
あった。見終わった後に渦巻く様々な感情を、ラストに流れるこの「過ぎ去りし日々」
(作曲:小林亜星)が浄化していく。ほとんどトラウマだ(笑)。
私の新年は毎年こんな風に始まってたなあ(笑)。


しかし、こんな恐ろしい曲を「白戸家の人々」に使うなんて(笑)。と思っていたら、
新CMではお父さんが同窓会に出て憧れの女性にウットリしちゃってるじゃないですか(笑)。
白戸家」のマグマなんて見たくありませんよ(笑)。でも大丈夫か。イヌだし(笑) 。(クーラン)
http://mb.softbank.jp/mb/campaign/3G/cm/