「いつもアニメが」

朝日新聞夕刊の「ニッポン人・脈・記」。現在は「いつもアニメが」という内容で興味深く読んでいる。
この日は「太陽の王子ホルスの大冒険」についての記事だった。
私も大好きな作品なので喰い入るように読んだ。
本作は3年かかりで作られたそうだが、散々な興行成績で終わったそうだ。
内容が高度な為、観ている子供は退屈して映画館を走り回る。そんな状態だったらしい。
想像はしていたけど、やっぱりそうだったんだと思った。


私が本作を初めて見たのは高校生の時。「高畑勲宮崎駿」幻の名作として世間では広く
認知されており常々見たいと思っていたが、夜中にテレビ放映されついに見た。
そして、私も心を鷲づかみにされた。
物語は、神話的な導入部からホルスと悪魔との闘いまで一貫した世界観が出来上がっている。
その一部を担っている、昔々の北欧風村人達の「暮らし」の描写も見事。
それを下敷きに、人との関わりやそのうえで生じる悪意や心の弱さが描かれていて、
短時間なのに疲労を覚えるほど濃い物語性がある。
そして、本作の肝ともいうべき存在がヒロインのヒルダ。
女の子らしい愛らしい顔、悪魔の妹としての邪悪な顔、ホルスを陥れることに苦しむ人間の顔と
複雑な内面を持つキャラクターで、とても惹きつけられる。ホルスが住む村に身を寄せたヒルダは、
そこで結婚する少女の幸せな姿に嫉妬して、鼠に村を襲わせる。
このどうにも押さえられない妬みや哀しみの感情も、簡単に断罪出来る類のものではなく胸が痛む。
明朗快活でやや平坦なホルスの描写に比べると、ヒルダの心理描写は複雑で、見終わった後、
思わず「女の子の精神年齢の高さ」について考えてしまった(笑)。
と同時に「当時の子供達はこの作品を理解できたのだろうか」と考えたことを思い出す。


結果として、公開当時子供には見向きもされず高畑監督は非常なショックを受けたらしい。
上司に「会社は『プレハブ』を作れと言ってるのに『鉄筋コンクリート』を作りやがって!」
と言われながらの作品だったので、尚更だろう。
でも、子供にまったく伝わっていないということはなかったのではとも思う。
本作は10年後、高校・大学生の間で評判になり評価が変わったそうだ。
どういうきっかけで評価され始めたのかは知らないが、10年前幼児だった人の中には
この作品の熱気や重い余韻が記憶の片隅に残り続けている人達もいたのではないか。
そういった方々が再評価の機会を設けたのではないかと思ってしまう。


本作は「アニメーションは心理的なものを深く描ける表現方法である」と立証した作品でもある。
ならば、その時に「プレハブ」ではなく「鉄筋コンクリート」を作り上げた作家達。
そして、10年という時を経て再評価したファンの方々の功績は測りきれないものだと思う。
彼らがいなかったら、日本のアニメーションの今はなかった。心からお礼を。ありがとうございました。

太陽の王子 ホルスの大冒険 [DVD]

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ちなみにヒルダの声を当ててるのは市原悦子。このアフレコがまたすごい。
この人が声を当てることで、複雑な内面を持つヒルダの苦しみや哀しみ、そして少女の清らかさや
神秘が、説得力をもって伝わってきたと思う。(クーラン)